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改正競技規則2019-2020:意図的でない偶発的ハンドリングと「利益を得たか」神戸札幌の白井選手の事例

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改正競技規則2019-2020ではハンドリングのファウルの規定が大幅に変更されました。

その特徴と今後の考え方、最近発生した事例と併せて「推論」していきます。

改正競技規則2019-2020のハンドリングの規定

改正競技規則2019-2020のハンドリングの規定を見てみましょう。

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何が変わったのか?

「意図的」なハンドリングと「意図的ではない」ハンドリングがある事が明確化されたことが今回の改正の本質的な特徴です。

これは「競技規則改正の概要」の項で12条に関して「ハンドの反則に関する文章が修正され、「意図なく」ボールが手に当たったときに「反則とする」(反則としないのか)場合のガイドラインがより明確になって、より明瞭で一貫性あるものとなった。」と書いてある通りです。

細かく記述されるようになった事それ自体は本質的ではありません。

これに対して、改正前2018/2019までのハンドリングのファウルの記述はすべて「意図的」なものとして記述されていました。

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「利益を得たか」が考慮要素になっていることが示唆された

細かく見ていきます。

改正競技規則2019-2020

競技者が次のことを行った場合、反則となる。
◦ 手や腕をボールの方向に動かす場合を含め、手や腕を用いて意図的にボールに触れる。

ボールが手や腕に触れた後にボールを保持して、またはコントロールして、次のことを行う。

・ 相手競技者のゴールに得点する。
・ 得点の機会を作り出す。

ゴールキーパーを含め、偶発的であっても、手や腕から相手チームのゴールに直接得点する。

まず、「偶発的であっても」という記述から分かる通り、「意図的」という文言が日常的な意味でのものであるということが確定し、そうではない場合にもハンドリングのファウルになるということが明確化されました。

これまでは「意図的に」は規範的な意味、つまり競技規則上のある種「特殊な用語」としての意味で用いられていたのが、より一般にとっても分かりやすい文言の整理が行われたということになります。

そして、「意図的にボールに触れる」と書かれている項目と同レベルの項目に「手や腕に触れた後に…得点する・得点の機会を作り出す」という記述があります。

これはボールが手や腕に触れた「後の状況」を考慮しているということが分かります。

つまり、ハンドリングをしたという行為そのものに着目した場合には拾いきれない事情をも、判定の判断資料にするということを競技規則が明確にしたということです。

これは従前の競技規則にはなかったことです。

「得点する」「得点の機会を作り出す」状況を、より抽象的な文言に置き換えるとすればたとえ偶発的であったとしても「利益を得た」場合にはハンドリングのファウルであるということを明示したと言えるでしょう。

利益を得たかという視点での評価は、改正後の「意図的に」の判断でも行われることが予定されていると推論可能ではないでしょうか?

この点については従前から議論していました。

行為無価値と結果無価値

【行為】に加えて【結果】を加味して行動の妥当性を評価するという手法は、法律を勉強した者にとっては馴染みのある考え方です。

以下はルール改正前に考察した内容です。

ここでは刑法総論の理論解説をするつもりは無いので省きますが、従前の競技規則の文言上では「意図的だったか」という【行為】にのみ着目しているかのように記述されていたのが、実際の運用上では行為後の【結果】にも着目して「利益を得たか」をも含めて判定の資料にしているのではないか?という問題意識があったということは重要です。

今回の改正によっても明示的には「利益を得たか」とは書かれていませんが、明らかにそれを考慮している記述があるので、実際の運用に近づけた改正と言って良いでしょう。

J1リーグ第25節:神戸vs札幌での白井選手のハンド疑惑

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状況:自陣ゴール前のペナルティエリア内で守備側選手がボールクリアを行ったところ、味方選手が広げている腕に当たってゴールラインを割った(コーナーキック)。

これはハンドリングのファウルなのか?

Jリーグジャッジリプレイでも取り上げられたシーンですが、これを新競技規則の文言に即して考えていきます。

意図的にボールに触れたか?が争点

改正競技規則2019-2020

競技者が次のことを行った場合、反則となる。
1: 手や腕をボールの方向に動かす場合を含め、手や腕を用いて意図的にボールに触れる。

◦2:ボールが手や腕に触れた後にボールを保持して、またはコントロールして、次のことを行う。

・ 相手競技者のゴールに得点する。
・ 得点の機会を作り出す。

◦3:ゴールキーパーを含め、偶発的であっても、手や腕から相手チームのゴールに直接得点する。

※番号は便宜的に付け加えています。

白井選手はボールを保持しておらず、腕でボールを扱うことで得点する・得点の機会を作り出す・腕で直接得点する場面ではないので、1番の「意図的か」が問題になります。

「意図的か否か」の考慮要素として、従前から運用上も考慮されていたものが次項のように改正競技規則では明文化されていました。

通常は反則となる「体を不自然に大きくした」

改正競技規則2019-2020

競技者が次のことを行った場合、通常は反則となる
◦ 次のように手や腕でボールに触れたとき:
手や腕を用いて競技者の体を不自然に大きくした。
・ 競技者の手や腕が肩の位置以上の高さある。(競技者が意図的にボールをプレーし
たのち、ボールがその競技者の手や腕に触れた場合を除く)
これらの反則は、ボールが近くにいる別の競技者の頭または体(足を含む)から競技者の
手や腕に直接触れた場合でも適用される。

上記のうち、従前の運用から考えれば白井選手は「腕を用いて体を不自然に大きくした」に該当すると言わざるを得ません。

それをもって「本件はファウルの判定にするべきだった」とする人が居ますが、これは文言上、確定ではないでしょう。

なぜなら、「通常は」とわざわざ注意書きがあるからです。

不自然ではない?

ちなみに、通常は反則になる場合を列挙した記述のすぐ後に「通常は反則ではない」行為も規定されています。

改正競技規則2019-2020

これらの反則を除き、次のようにボールが競技者の手や腕に触れた場合は、通常は反則ではない

1: 競技者自身の頭または体(足を含む)から直接触れる。
2:近くにいた別の競技者の頭または体(足を含む)から直接触れる。
3:手や腕は体の近くにあるが、手や腕を用いて競技者の体を不自然に大きくしていない。
4:競技者が倒れ、体を支えるための手や腕が体と地面の間にある。ただし、体から横または縦方向に伸ばされていない。

※番号は便宜的に付け加えています。

本件を3番の場面であるとしてファウルではないと解説する人もいます。

確かにボールが当たった瞬間を見れば体の近くに腕があると言えますが、元々は以下の画像のように、肩とほぼ同じ高さに腕を広げています。これを「腕は体の近くにある」「不自然ではない」と言うのは無理があると思います。体の脇を通ろうとしているボールに対して腕を寄せに行ったような場合が説明できなくなります。

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利益を得ていない

しかし、本件は白井選手はノーハンドの判定で正しいと思います。

なぜなら、白井選手は利益を得る必要が無いし、実際に利益を得ていないから、「通常ではない」場合に当たると言えるからです。

  1. 味方競技者のクリア方向はゴールから明らかに外れた方向
  2. 白井選手が触れようが触れまいが相手競技者のコーナーキックとなる場面だった
  3. 腕に当たった後もボールの進行方向がほとんど変化してない

上記の状況では白井選手は利益を得ていないと言え、「通常ではない」と考えられるから、意図的にボールを扱ったとは言えないと判定される、と説明可能ではないでしょうか?

女子ワールドカップの熊谷選手のハンドリング

なお、Jリーグジャッジリプレイなどでも6月に行われた女子ワールドカップの熊谷選手のハンドリングが比較対象として口頭で言及されていましたが、これは白井選手の事案とは全く異なるという事が分かるでしょう。

相手競技者によるゴール枠内へのシュートの場面での話ですから、「腕に当たったことによって利益を得た」と評価可能であり、「意図的に」と判定されたというのは当然のことでしょう。

なぜ文言に即して検討しないのか?

Jリーグジャッジリプレイ等での上川さんらの話は口頭でのものなので、競技規則の文言に即して解説するということが疎かになっています。

SNSでも競技規則の文言に即して検討している人はほとんど見当たりませんでした。

神戸vs札幌の白井選手の事例は、「通常ではない」場合としてノーファウルなのではないか?という方向で思考されるべきだと思います。