ハンドの考慮要素を考える:サッカーロシアワールドカップ2018からの教訓
VARが導入されてからハンドのファウルによるPKの判定がなされることが飛躍的に増大しました。
2018年ロシアワールドカップでも、ハンドによるPKの判定が多くなされました。これまでは「疑わしきは罰せず」の方針で運用されていましたが、サッカー競技においてハンドの反則が多いものなのだということが明らかになりました。
日本対コロンビアにおけるものや決勝戦のフランス対クロアチアでのPKは記憶に新しいと思います。決勝においては、その判定が一部ですが議論を呼んでいます。
では、ハンドのファウルを取るときに何を考慮すべきでしょうか?
この点について、今まであまり明確に議論されていなかったように思われます。
そこで、この記事ではハンドのファウルを判定するために何が考慮されているのか、何を考慮するべきなのかについて、試験的に考察していきます。
- サッカー競技規則におけるハンドの基準と考慮要素
- JFAが示した下位の考慮要素
- 私見によるハンドの反則の考慮要素
- ロシアワールドカップ2018のハンドの例
- 自然な位置に腕があるように見えるが…
- 腕を後ろに組んだら全部ハンドにならない基準?
- まとめ:明確な基準は無いが一定の考慮要素はある
サッカー競技規則におけるハンドの基準と考慮要素
※現時点で2018/2019の競技規則の日本語版が広く発行されていないので、2017/2018の記載を元にします。
ボールを手または腕で扱う
競技者が手または腕を用いて意図的にボールに触れる行為はボールを手で扱う反則である。
次のことを考慮しなければならない:
・ボールの方向への手や腕の動き(ボールが手や腕の方向に動いているのではなく)
・相手競技者とボールの距離(予期していないボール)
・手や腕の位置だけで、反則とはみなされない。
以下略
以下略の部分は、物を使ったりする場合やゴールキーパーについての言及なので割愛。
「意図的に」の意味内容
「意図的に」という主観的なワードがありますが、日常で使う意味での用語の感覚で考えてしまうと正しく把握できません。
あくまでも『サッカーの競技規則における「意図的」という語』であって、客観的な状況から推察される行為を指しています。
ですので、選手にとっては日常的な意味においてまったく「意図的」ではなくとも、競技規則上の「意図的」にあたるとされる場合があるのであって、選手はそのような判断がなされているということを理解しなければなりません。
仮に選手から「意図的じゃない!」と抗議を受けた場合、「あなたの本心としては全くそのつもりはなかったのかもしれませんが、サッカーのハンドのファウルは客観的な状況から判断するのでそれは関係ありません」と言うことになるでしょう。私は未だ説明したことはありませんが。
私は、日常的な日本語として適切に把握するための表現は「配慮無く」というものだと思います。ただし、世界中で行われる競技の言語について厳密さを求めるべきではないと思いますので、表記は変える必要があるのかわかりません。
例示されたファウルの考慮要素について
競技規則には考慮するべきこととして3項目があります。
- ボールの方向への手や腕の動き(ボールが手や腕の方向に動いているのではなく)
- 相手競技者とボールの距離(予期していないボール)
- 手や腕の位置だけで、反則とはみなされない
まず、「考慮するべきこと=考慮要素」ということは、それに当たるからといってハンドのファウルになるという「基準」や「条件」ではないということです。
「基準」は既に書いてある通り「競技者が手または腕を用いて意図的にボールに触れる行為」です。その判断をするための一定の目安が「考慮要素」です。
よって、上記の3項目のどれかに当たるからといって、ハンドのファウルではないorハンドのファウルであると必ずしも判定することにはならない、ということになります。
必要条件でも十分条件でもないということです。
次に、この中には次元の違うものが同レベルのものとして記述されているように感じます。
「相手競技者とボールの距離」は、「ボールが来ることを予期していたか否か」を判断するための考慮要素でしかありません。「予期していないボール」がカッコ書きになっていますが、本来はこちらが「表」に出されるべきです。
予期していないボールの例として、相手競技者と関係の無いところでのブラインドや跳ね返りが想定できます。
考慮要素を体系化するのであれば、「予期していないボール」を主要項目に位置づけるべきでしょう。
そして、「手や腕の位置だけで反則とはみなされない」という言葉は、「手や腕の位置」とだけ書き、説明を加えるのであればカッコ書きで「手や腕の位置だけで反則とはみなされない」と書くべきでしょう。
この辺りの記述に一貫性が無いと感じます(競技規則の所々にそのような記述がありますが)
再構成したハンドの反則の考慮要素
したがって、必須考慮要素と題するなら以下のようになるべきだと考えます。
- 手や腕の位置
- ボールの方向への手や腕の動き
- ボールを予期できたか
少なくとも競技規則の文言の枠内で考えるとこのようになるのではないでしょうか。
これらの要素は並列なので、どの要素が重く考慮されるべきかは状況によるように見えます。※しかし、そうではない可能性について後述。
そして、注意すべきなのは、競技規則は3項目については考慮しなければならないと言っていますが、それ以外の要素については何も言っていないということです。つまり、3項目以外の要素も考慮に入れて判断する可能性も排除されていないということです。
もしもこれらと同レベルの抽象度の考慮要素が思いつけば書き足したいと思います。
JFAが示した下位の考慮要素
この動画の中で、ハンドの反則についての具体的な考え方が示されています。
動画の例において示された判断過程は以下です。
- 腕が自然な位置にある⇒手や腕の位置
- 近い距離からボールが蹴られている⇒ボールを予期できたか
- ボールを避ける時間的な余裕が無い⇒ボールを予期できたか
競技規則の考慮要素との対応を矢印で示しました。ここで示された要素は、競技規則の考慮要素の「下位規範たる考慮要素」とでも呼べるものです。
この判断過程はとても整理されていると思います。
補足として、近い距離からボールが蹴られているとしても、ボールのスピードが遅ければ避けられるため、ボールを予期できたということになり、ハンドになります。そのために、ボールを避ける時間的な余裕という要素を検討しているのはとてもロジカルだと思います。
私見によるハンドの反則の考慮要素
ところで、腕とボールの関係には、以下のような場合が含まれると思います。
- 相手選手に押されて腕がボールに向かった場合
- 腕が自然な位置に向かう自然な動作の延長線上でボールに当たった場合
1番の場合にはノーハンドでしょうが、2番目の場合はどうでしょうか?これは後述します。
ロシアワールドカップ2018のハンドの例
フランス対クロアチアにおける前半34分のペリシッチのハンドについて検討します。
マデュイディのヘディングボールをハンドしたペリシッチ
まず、腕の位置は身体から広げた場所にあり、専ら腕によってボールを止める可能性のある場所にあると言えます:腕の位置(ハンドのファウルを採用する方向の事情)
ペリシッチとヘディングでボールを逸らしたマテュイディの距離は近く、ボールにスピードもあり、反応する時間的余裕はないように見えます:ボールを予期できたか(ハンドのファウルを否定する方向の事情)
それに、ペリシッチの腕は頭上に挙げた状態から本来の自然な位置に戻ろうとしているように見えます:ボール方向への腕の動き(ハンドのファウルを否定する方向の事情)。
しかし、同時に腕はボールの軌道を遮る位置に動いています:ボール方向への腕の動き(ハンドのファウルを採用する方向の事情)。
結果としてはハンドのファウルが採られましたが、この判断は酷であるという批評もあり、かなり判断が分かれるものなのだろうと思います。実際に主審のピターナ氏は何度も確認して一旦プレーを再開しようとモニターから離れようとしてからもう一度画面を確認していますので、それくらい微妙な場面だったのでしょう。
ポグバが触れなかったボールに腕が触れたヴィダ
後半の最終盤でのこのケースでは、ハンドの反則は取られませんでした。
これは腕がボールに向かっているのではなく、ボールが腕に向かっていったに過ぎないと言えます。腕の位置も身体からそれほど離れておらず、走る動作として自然な位置にあり、自然な動作の延長線上でボールに当たったと言えます。
ポグバがプレーする前提でポジションを取ろうとしていたので、ポグバがボールに触れなかったために流れてきたボールの軌道を予期することもできず、その距離からはポグバが触れなかった場合にボールに反応する時間的余裕もなかったと言えます。
したがって、ノーハンドの判断は正しいと思います。
日本対コロンビアのハンドの反則
Cサンチェスの腕の位置は身体から離れた場所にあり、ボールの方向へ腕が動いており、右足を上げつつ右腕を上げるという不自然な動作です。これは紛れもなくハンドのファウルです。
そして、このようなハンドはボールをプレーすることを試みた結果ではないため、レッドカードが提示され退場されなければならないということになります。
サウジアラビア対エジプトのハンドのファウル
ボールに手が向かっていなくて、予期していなくとも、ハンドのファウルが採られる場面を目にした事がある人も多いと思います。
相手がシュート(或いはクロス)をし、対面していたディフェンダーが右足を伸ばしてコースを切ろうとしていたところ、ボールはディフェンダーが下におろした腕(身体からは少し離れているがほぼ垂直)に当たってゴールから外れた(チャンスにならなかった)。
この場合はボールの方向への手や腕の動き、ボールを予期できたか、のいずれもハンドのファウルの成立を否定する方向の事情があります。腕の動く方向にボールが向かっており、DFはクロスがマイナス方向に来ることを予期していませんでした(右足方向に来ると考えていた)。
※「腕がボールに動いている」と評価できなくもないですが。
しかし、実際にはこのような場合は手や腕の位置が身体にくっついていない限り、ハンドのファウルが採られることが多いです。
競技規則上、どの考慮要素の比重が大きいかは書いていませんが、「腕が身体にくっついていないのが悪い」という価値判断が事実上重要な要素になっていると思われます。
先に「腕が自然な位置に向かう自然な動作の延長線上でボールに当たった場合」はどうなのかについて言及しましたが、既に腕が身体から離れている以上、このような要素はほとんどハンドのファウルの否定方向に働くことはないのだろうと思います。
そうであるからこそ、PA内でのDFは腕を後ろに組むことがあるのだと言えます。
そう考えると、この場面は競技規則上「腕の位置が不自然」ということになるのだろうと思います(※実況は"Natural Position"と言っていましたが、やはり競技規則上の「意図的」は、日常の感覚からは乖離した判断とならざるを得ないのでしょう)
そして、決勝戦のペリシッチのハンドも「腕が身体にくっついていない」という要素から考えるとハンドの判定であるのは納得がいくものになると思います。
自然な位置に腕があるように見えるが…
ACL【ガンバ大阪vs水原】
— とも号 (@tomopanman5) April 19, 2016
後半11分
水原2点目(PK)に繋がった今野選手のハンドシーン。
最初、主審はPA外でのファールでFKとの判定だったが、副審の助言なのかPK判定に・・・ pic.twitter.com/Hmh1Xfg24F
ガンバの今野の事例は、サウジ対エジプトの事例よりも更に自然な位置と動きでしたが、ハンドの判定となりました。やはり、「身体に腕がくっついているかどうか」が最重要な考慮要素になっていると思われます。
日常用語で言えば「配慮無く」腕を広げているのだから、それは競技規則上は「意図的に」ボールを手で扱ったと言ってしまってよいのだろうと思います。
腕を後ろに組んだら全部ハンドにならない基準?
腕を後ろに組むと、肘が通常よりも広く面を形成するということがわかります。組んだ状態でも左右にそれなりの可動域が確保されています。
肘を殊更に動かすことでボールに肘を当てに行っているような場合は、やはり腕がボールに向かっているとしてハンドの成立を肯定する要素になると思われます。
したがって、「腕を後ろに組んでいるからすべてハンドにはならないとは決して言い切れない」ということになりそうです(実際上はそのような場面はほとんど起きませんが)。
まとめ:明確な基準は無いが一定の考慮要素はある
- ハンドの反則は競技規則上に考慮要素が記述してある
- 明示されていないが「身体に腕がくっついているか」が最重要な要素と思われる
- 腕を後ろに組んだからと言ってすべてハンドにならないとは言えないと思われる
いくつかの事例から考察してきましたが、より判断を助ける事になる考慮要素、明示されていない重要な考慮要素はあるのでしょうか?
VARが採用されて以降、ハンドか否かの判断をする機会は増えています。
そのため、審判団がハンドであるかどうかの判断を補助する考慮要素をいくつ持っており、どの程度頭の中で整理されているかが非常に大切になってきていると感じます。
グラスルーツレベルではVARなんてものはありませんが、それでもハンドの反則を自信を持って判定するためにも、ハンドの判定にかかる考慮要素を整理しておくべきだろうと思います。
以上